古都鎌倉は、何度訪れても尽きることのない魅力に溢れた街だ。由緒ある寺社仏閣、風情ある小路、そしてどこか懐かしい海辺の風景。今回は、そんな鎌倉の「もう一つの顔」に触れるべく、少し足を延ばした歴史ハイキングへと出かけた。目指すは、鎌倉七口の一つである名越切通し(なごえきりとおし)と、そこにひっそりと佇むまんだら堂やぐら郡(まんだらどうやぐらぐん)。そして、旅の締めくくりには、心ゆくまで鎌倉の美食を堪能する計画だ。
鎌倉駅から大町ふれあい広場へ:静かなる冒険の始まり

旅の起点は、いつものようにJR鎌倉駅。休日の賑わいを見せる駅前を後にし、まずは東口から東方面へと歩き出す。若宮大路を少し進み、「大町四つ角」の交差点を左折。ここからは、比較的交通量の少ない県道311号線をひたすら南東へと進む。

大町の古い街並みを抜け、住宅街の中をのんびり歩く。時折、古民家を改装したおしゃれなカフェや、小さな商店が目に留まる。生活感あふれる風景は、観光地の喧騒から離れ、日常の鎌倉に触れているようで心地よい。
歩くことおよそ20分。目の前に広々とした空間が見えてくる。ここが、最初の目的地である大町ふれあい広場だ。広々とした芝生広場と遊具があり、地元の人々がのんびりと過ごしている。公園の一角には、公衆トイレもあり、ここから本格的なハイキングに備えるには最適な場所だ。緑豊かな広場で深呼吸し、さあ、いざ出発だ。
歴史の入り口:鎌倉側からの名越切通しへ

大町ふれあい広場の脇を通り抜け、さらに311号線を少し進むと、いよいよ山道への入り口が見えてくる。ここが、鎌倉側から名越切通しへ入る道の分岐点だ。道標を確認し、舗装された道路から、土の道へと足を踏み入れる。周囲は一気に木々に覆われ、鳥のさえずりや風が木々を揺らす音が、より鮮明に耳に届くようになる。
この道は、かつて武士や商人、旅人が行き交った重要な古道だと想像すると、胸が高鳴る。足元は土と小石が混じった山道だが、比較的緩やかで歩きやすい。スニーカーなど歩きやすい靴であれば問題ないだろう。


しばらく歩くと、目の前に巨大な岩壁が現れる。ここが、鎌倉七口の一つ、名越切通しの入り口だ。鎌倉には、かつて外敵の侵入を防ぐため、そして物資の運搬のために、山の尾根を切り開いて作られた7つの主要な出入り口があった。名越切通しは、その中でも三浦半島方面へ抜けるための重要な拠点だったのだ。

【名越切通しは三つの顔を持つ?】
実は、名越切通しは単一の道ではなく、第1切通しから第3切通しまで、複数の堀割状の道が連なって形成されています。私たちが今歩いているのは、その中でも比較的整備された一部ですが、少し脇道に入ると、より自然に近い状態で残された古道を見つけることもできます。それぞれの切通しが異なる趣を持ち、当時の地形や技術を肌で感じられるのも、名越切通しならではの魅力なんです。
一歩足を踏み入れると、両側から迫りくる岩壁の迫力に圧倒される。まるで自然が作り出した巨大な回廊のようだ。岩肌には、風雨に削られた跡や、苔むした部分があり、長い年月を経てきたことを物語っている。この場所を、甲冑をまとった武士たちが馬に乗って駆け抜け、あるいは重い荷を背負った人々が黙々と歩いたのだろうか。想像力を掻き立てられ、歴史のロマンに浸ることができる。
特に印象的なのは、切り通しの中央部にある「まんだら堂やぐら群案内板」周辺の雰囲気だ。ひんやりとした空気が漂い、外界の喧騒が嘘のように遠のく。時折、木々の間から差し込む木漏れ日が、足元の石畳に不規則な模様を描き出し、幻想的な光景を作り出している。鎌倉の歴史が、まるで呼吸しているかのように感じられる瞬間だ。
神秘の世界へ:まんだら堂やぐら郡

名越切通しを抜けてしばらく進むと、今回のハイライトであるまんだら堂やぐら郡に到着する。ここは、鎌倉時代から室町時代にかけて作られたとされる、無数のやぐらが集中して残されている、全国でも有数の場所だ。
「やぐら」とは、岩壁を横穴式に掘り込んだお墓のことで、鎌倉とその周辺地域に特徴的に見られる。特にまんだら堂やぐら郡は、その規模と密集度が桁違いだ。小さなものから、人がすっぽり入れるほどの大きなものまで、様々な形や大きさのやぐらが、まるで蜂の巣のように壁一面に広がる光景は、まさに圧巻の一言に尽きる。
私が訪れたのは、幸運にも特別公開期間中だった。この場所は、普段は遺跡保護のため非公開となっており、例年、ゴールデンウィークと秋の一定期間のみ一般公開される。この貴重な機会を逃すまいと、多くの歴史愛好家や観光客が訪れていた。
やぐら群の中を歩くと、まるで古代の迷宮に迷い込んだような感覚に陥る。薄暗いやぐらの奥には、五輪塔や宝篋印塔(ほうきょういんとう)といった供養塔が安置されており、当時の人々の信仰心がいかに篤かったかを物語っている。静寂の中に響く、自分の足音だけが、この場の厳かな雰囲気を際立たせていた。
一つ一つのやぐらには、かつてそこに眠っていた人々の物語が秘められているかのようだ。武士、僧侶、あるいは一般の人々。彼らはこの地で何を思い、どんな人生を送ったのだろうか。数々のやぐらを前に、はるか昔の鎌倉時代の人々の営みに思いを馳せる時間は、非常に感慨深いものだった。

【まんだら堂やぐら郡 訪問のポイント】
- 公開期間の事前確認が必須!: 通常は非公開のため、鎌倉市の公式ウェブサイトなどで最新の公開情報を必ずチェックしましょう。
- 歩きやすい靴で万全の準備を!: 大町ふれあい広場から切通し、やぐら群までは山道が続くため、スニーカーやトレッキングシューズは必須です。
- 歴史的背景を予習すると感動倍増!: やぐらの起源や当時の人々の信仰について少し知識を入れておくと、より深く楽しめます。
- 自然を尊重し、遺跡保護にご協力を!: 貴重な歴史遺産なので、決められたルートを守り、環境を汚さないように心がけましょう。
◆基本情報
項目 | 内容 |
---|---|
名称 | まんだら堂やぐら群 |
住所 | 〒249-0008 神奈川県逗子市小坪7丁目 国史跡名越切通内 |
電話 | 0468-72-8153 |
営業時間 | 10:00~15:00 |
定休日 | 土日祝日のみ ※公開日が決められているため最新の情報を確認ください。 |
決済方法 | 無料 |
駐車場 | なし |
アクセス | 鎌倉駅から徒歩30分 |
鎌倉駅へ帰還、そして至福のランチタイム「橘」

神秘的なまんだら堂やぐら郡で時間を過ごした後、再び来た道を戻り、鎌倉駅へと向かいます。帰りの道は、行きとはまた違った景色を見せてくれます。太陽の位置が変わり、木々の間に差し込む光が、岩壁や足元の草花に異なる表情を与えていました。
大町ふれあい広場を過ぎ、再び311号線に出て鎌倉駅方面へ。往復でかなりの距離を歩いたことになります。普段あまり運動しない私にとっては、心地よい疲労感でした。脚には確かに疲れが残っていますが、それ以上に、貴重な体験と、歴史の深遠さに触れた満足感が心を温かく満たしていました。
鎌倉駅に戻った頃には、ちょうどお昼時。汗をかいた体に、美味しい食事が染み渡る予感がします。今回の旅の締めくくりに選んだのは、鎌倉駅西口からほど近い、歴史ある料亭「橘(たちばな)」です。
「橘」は、創業100年以上の歴史を誇る老舗料亭で、鎌倉の地で長年愛されてきた名店です。落ち着いた佇まいの門をくぐると、手入れの行き届いた庭園が私たちを迎えてくれます。四季折々の花々が美しく咲き誇り、池には錦鯉が優雅に泳ぎます。店内は、和の趣あふれる洗練された空間で、心が落ち着きます。窓からは、美しい庭園を眺めることができ、時間がゆっくりと流れていくような感覚になります。外の喧騒が嘘のように静かで、ここだけ別世界です。
今日のランチは、「おさかなと海の幸」「合鴨和風仕立て」「湘南ポークの時雨煮とみそ漬け」といった和食の選択肢も魅力的でしたが、今日は歩き疲れた体に、「ビーフシチュー」の濃厚な味わいが無性に食べたくなったのです。和の老舗料亭で本格的な洋食という意外性も、また心を惹かれた理由です。
まず運ばれてきたのは、彩り豊かな前菜の盛り合わせ。小さな器に盛られた一品一品が、まるで芸術品のように美しいです。鎌倉野菜を使ったおひたし、季節の魚の南蛮漬け、香ばしい胡麻豆腐…。どれもが丁寧に作られており、見た目にも美しい。特に印象的だったのは、鎌倉野菜を使ったおひたしです。素材の味が活かされており、優しい出汁の風味が口いっぱいに広がります。歩いて疲れた体に、滋味深い味わいが染み渡るようでした。
そして、いよいよメインのビーフシチューが運ばれてきました。深い赤茶色のソースに、大きな牛肉の塊がゴロゴロと入っています。スプーンで軽く触れるだけで、ほろりと崩れるほど柔らかく煮込まれた牛肉は、口に入れるととろけるような食感。濃厚なデミグラスソースは、牛肉の旨味が凝縮され、深いコクがありながらも、しつこさがなく上品な味わいです。付け合わせの野菜も、丁寧に下処理され、素材の甘みが際立っていました。和の空間でいただく洋食は、期待以上の満足感を与えてくれました。老舗料亭が提供するビーフシチューは、洋食専門店のものとは一線を画す、繊細かつ奥深い味わいでした。
食事が進むにつれて、今日の旅の思い出が脳裏に蘇ります。名越切通しの岩壁の迫力、まんだら堂やぐら郡の神秘的な雰囲気。そして、足で歩いて歴史を感じたことへの満足感。そんな余韻に浸りながらいただく食事は、普段の何倍も美味しく感じられました。心地よい空間で、丁寧に作られた料理をゆっくりと味わう時間は、まさに至福のひとときです。


食後には、本日のケーキとコーヒーで一息。甘さ控えめのケーキは食後のデザートにぴったり。温かいコーヒーを一口飲むと、心が落ち着き、全身の力が抜けていくような安らぎを感じます。老舗ならではの、きめ細やかなおもてなしも心に残りました。スタッフの方々の立ち居振る舞いも美しく、細やかな気配りが随所に感じられました。
今回の鎌倉旅は、単なる観光ではなく、まさに「歴史を歩く旅」でした。名越切通しやまんだら堂やぐら郡という、普段はあまり目にすることのない鎌倉の奥深さに触れることができ、その後にいただく老舗の味は、また格別でした。
鎌倉の喧騒を離れ、静かに歴史と自然と向き合う。そして、心ゆくまで美食を堪能する。こんな贅沢な旅を、皆さんも体験してみてはいかがでしょうか。
◆基本情報
項目 | 内容 |
---|---|
名称 | 橘(たちばな) |
住所 | 〒248-0014 神奈川県鎌倉市由比ガ浜1丁目1−27 |
電話 | 0467-24-1114 |
営業時間 | 12:00~16:00 |
定休日 | 年中無休 |
決済方法 | 現金 |
駐車場 | なし |
アクセス | 鎌倉駅から徒歩5分 |